・英国出版文化史の傑作
英国は多くのすぐれた伝記文学を生み出した国として知られていますが、英国史における著名な人物、後世に記録を残すに値すると思われる人物について、出来得る限り多くの評伝を一つの出版物として世に出そうとの企画が今から100 年以上も前、ある人物によって始められました。言うまでもなく、Leslie Stephen のDictionary of National Biography です。この一大出版事業は、1885 年から1901 年、ヴィクトリア女王が逝去する年まで続けられました。その直後から補遺の刊行が始まり、つい10 年ほど前まで新しい人物の情報を追加してきました。約100 年間に及ぶその歴史の中で取り上げられた人物は合計36,500 人に上ります。Oxford English Dictionary, Encyclopaedia Britannica と並ぶ英国出版文化史の傑作と言えましょう。

・100年振りの大改訂
このDictionary of National Biography（DNB）が今年100 年振りに改訂されます。全60 巻、収録人名数50,000 人、現行のDNB に収録されている人物に新たに13,500 人を加えました。また、現行版に収録されている人物についても、書き換えがなされている徹底振りです。すでに現行版に掲載されている人物について書き換えを行う理由としては、当該人物について新しい事実が発見されたこと、100 年前と比較して評価の変化が見られること、などの点が挙げられます。

・収録されている人物の特徴
収録されるための第一の要件は、2000 年12 月31 日の時点で故人であること。また、歴史資料の中で高い関心を惹いてきたこと。王族、政治家、教会指導者、軍人、学者はもちろん、科学者、医者、実業家、労働運動家、芸術家、作家、さらにはスポーツ選手、犯罪者、ジャーナリスト、俳優など。この収録範囲の広範さこそ、DNB が絶えることなく読者を魅了してきた要因と言えます。

・"National"の意味
主としてイギリス人であるものの、この「イギリス人」は広い意味で理解されています。国籍を狭い意味で定義することが困難であるほど、イギリス諸島の長い歴史は錯綜としています。イギリスが海外で広く活動してきた歴史的経緯を考えても、そう言えます。そのため、New DNBというタイトルの中にある“National”という語については、オリジナルのDNBの編集者たちと同様、新版でも広く理解することにしました。すなわち、イギリス諸島の住人はもちろん、旧植民地の住人、外国生まれでイギリスに滞在経験のある人、さらにはイギリス滞在経験がなくともイギリスに関して重要な文献を残した人も本辞典には収録されます。

・National Portrait Galleryの肖像画を掲載
今回の改訂で特筆すべきは、旧版にない特徴として、ロンドンのNational Portrait Gallery の肖像画、写真等を5 人に1 人の割合で、当該人物の紹介記事の横に掲載するということです。現行版のDNB が本文の中で身体的特徴に言及するのみであったことを考慮すれば、肖像の掲載は人名辞典の可能性を広げることになったと言えます。絵画、素描画、彫刻、写真、メダル、デスマスクなど、可能な限りあらゆる媒体の中から最適の肖像が選択されました。また、本当に当該人物の肖像であるか、生存時に作られたものか、当該人物を前にして描かれたものか、正確に模写しているか、原本であって複製ではないか、真作であることが立証されているか、興味を引く肖像であるか、などの要因も選択に際して考慮に入れられたと言われています。新たに視覚的特長が追加されることになりましたが、本文中に身体的特徴を記述する現行版DNB の方式は今回も踏襲されます。