内容
序 周知のごとく癌による死亡はわが国でも死亡原因の第1位であり,癌の治療の早急な進展が待たれている所以である.にもかかわらず癌治療の臨床にブレイクスルーはないままである.一体全体,癌細胞と正常細胞の違いは何なのであろうか?それらを分子の言葉で理解し,そしてそれらをうまく利用して癌の治療に役立てられないのだろうか?この最も単純な設問の解答には癌生物学の基礎的な,地道な研究が何よりも大切であることはだれしも認めるところである. 一方,今日癌の生物学が対象とする領域は生物学のそれと同一であり,そのスコープはあまりにも広い.進歩の急速なこれらの各分野を一人の人間の努力ですべてカバーするのはそもそも無理である.癌の治療の観点からみれば,そこには生物学を越えたさまざまな科学の関与も必要とされてきている.したがって癌の研究者は自分たちの研究が癌の生物学や癌治療のベクトルのなかでどこに位置するのかを常に認識している必要がある. 本書は以上のような観点から企画された.多少の歴史的事項をまじえ各々の領域の骨格を明確にし最新のホットな知見も存分に網羅されている.したがって自分の研究領域外の部分の研究の進展と展望も理解しやすいと思われる.本書が癌,あるいはその生物学の研究に毎日汗水を流されている諸氏に多少なりとも参考になれば幸せである. 最後に,お忙しいなか執筆に快くご協力いただいた各先生には心より感謝申し上げる.出版が当方の都合で随分と遅れたことをこの紙上でお詫びしたい.1996年5月佐藤昇志菊地浩吉