内容
人間の根源的な能力ともいえる、「記憶」とは一体どのような意味を持つものなのだろうか。この巨大で困難な問題に、さまざまな領域を横断し、そしてまたさまざまな方法を駆使しながら迫った、精神科医・中井久夫の学問的到達点。そこには著者にとってさえまったく未知の地平がひらかれることになった。「記憶」とは、自らにかけがえのない固有の経験にも、さらには「統合失調症」や「外傷」といった太古の昔から現代にまで直結する病の具体的な治療の現場にも、その最も重要な動因として関わっている。
第1章では、自らの経験を踏まえ、記憶を発動する「索引と徴候」という全く新しい理論が素描される。それを受けて第2章では、「短期記憶」と「長期記憶」といった人間特有の二種類の「記憶」の原理が明らかになる。そして第3章、第4章では、その原理が、それぞれ「トラウマ」や「統合失調症」の具体的な治療の現場において検証され、適用される。さらにそれは第5章においては「犯罪学」の症例として、また第6章では「身体」の新たな意味づけへと発展させられる。
このような「記憶」の再検討は、精神、病、言葉、身体、文化といった術語を、新たな「知」の体系のもとに編成し直す。本書はまた、精神医学だけでなく、哲学、文学、心理学、認識学、犯罪学等に再考をうながす刺激的な問題提起の書でもある。