コレクション日本歌人選<018> 斎藤茂吉
小倉 真理子 著
内容
目次
01 ひた走るわが道暗ししんしんと堪へかねたるわが道くらし 02 たたかひは上海に起こり居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり 03 死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞こゆる 04 のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳ねの母は死にたまふなり 05 山ゆゑに笹竹の子を食ひにけりははそはの母よははそはの母よ 06 ほのぼのと目をほそくして抱かれし子は去りしより幾夜か経たる 07 うれひつつ去にし子ゆゑに藤のはな揺る光りさへ悲しきものを 08 けだものは食もの恋ひて啼き居たり何というやさしさぞこれは 09 赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり 10 ちから無く鉛筆きればほろほろと紅の粉が落ちてたまるも 11 木のもとに梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時たちにけり 12 飯の中ゆとろとろと上る炎見てほそき炎口のおどろくところ 13 ふり灑ぐあまつひかりに目の見えぬ黒き〓(虫+車)を追ひつめにけり 14 あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり 15 この夜は鳥獣魚介もしづかなれ未練もちてか行きかく行くわれも 16 足乳根の母に連れられ川越えし田越えしこともありにけむもの 17 朝どりの朝立つわれの靴下のやぶれもさびし夏さりにけり 18 ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも 19 尊とかりけりこのよの暁に雉子ひといきに悔しみ啼けり 20 いのちをはりて眼をとぢし祖母の足にかすかなる〓(軍+皮)のさびしさ 21 やまみづのたぎつ峡間に光さし大き石ただにむらがり居れり 22 朝あけて船より鳴れる太笛のこだまはながし竝みよろふ山 23 命はてしひとり旅こそ哀れなれ元禄の代の曾良の旅路は 24 年々ににほふうつつの秋草につゆじも降りてさびにけるかも 25 山ふかき林のなかのしづけさに鳥に追われて落つる蝉あり 26 大きなる御手無造作にわがまへにさし出されけりこの碩学は 27 大きなる山の膚も白くなり渓のひびきを吸ふがごとしも 28 夜毎に床蝨のため苦しみていまだ居るべきわが部屋もなし 29 古き代の新しき代の芸術をあぢはふときは光を呑むごとし 30 かへりこし家にあかつきのちやぶ台に火焔の香する沢庵を食む 31 さ夜ふけて慈悲心鳥のこゑ聞けば光にむかふこゑならなくに 32 壁に来て草かげろふはすがり居り透きとほりたる羽のかなしさ 33 わが父も母もなかりし頃よりぞ湯殿のやまに湯はわきたまふ 34 よひよひの露ひえまさるこの原に病雁おちてしばしだに居よ 35 石亀の生める卵をくちなはが待ちわびながら呑むとこそ聞け 36 油燈にて照らし出されしみ仏に紅あざやけき柿の実ひとつ 37 過去帳を繰るがごとくにつぎつぎに血すぢを語りあふぞさびしき 38 ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり 39 上ノ山の町朝くれば銃に打たれし白き兎はつるされてあり 40 弟と相むかひゐてものを言ふ互のこゑは父母のこゑ 41 まをとめにちかづくごとくくれなゐの梅におも寄せ見らくしよしも 42 皇軍のいきほひたぎり炎だちけがれたるもの打ちてしやまむ 43 据ゑおけるわがさ庭べの甕のみづ朝々澄みて霜ちかからむ 44 小園のをだまきのはな野のうへの白頭翁の花ともににほひて 45 沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ 46 最上川の上空にして残れるはいまだうつくしき虹の断片 47 最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも 48 いつしかも日がしづみゆきうつせみのわれもおのづからきはまるらしも 歌人略伝 略年譜 解説「アララギ派中核としての歩み 斎藤茂吉」(小倉真理子) 読書案内 【付録エッセイ】『赤光』の世界(本林勝夫)
カート
カートに商品は入っていません。