内容
感情とは、感情史とは何か。近年、「感情」にアクセントを置いて学問のあり方を見直す動向が高まっている。「感情心理学」「感情の社会学」「感情の政治学」云々。歴史学の分野では、かつてリュシアン・フェーヴルが感情研究を提唱していたが、21世紀に入ってようやくさまざまな事件の理解や歴史文書の読み方に「感情」という新たな視点が導入されるようになった。動物やヒューマノイド機械にも感情はあるのか、感情は私たちの身体の外側に由来するのか内側に存在するのか、そして、感情は歴史を有するのか、そうだとしたらどのような史料から読み取れるのか。
このような基本的な問いを軸に、本書は感情史研究の過去・現在・未来を概観する。なかでも本書の特徴は、感情をめぐる社会構築主義と普遍主義という二つの考え方に正面から立ち向かう点だ。人間の感情は、人類学者たちが示してきたように、時代と地域と文化でそれぞれ異なる社会構築主義的なものなのか、それとも、脳科学者はじめ生命科学の領域で言われるように人類共通の普遍的なものなのか。著者はその二つの見方を架橋しながら、感情のあり方のグランドセオリーを展開し、歴史学における感情の扱い方の手法とその重要性を説く。哲学から図像分析まで、ジャンルを超えて縦横に論じる著者の叙述はじつに刺激的だ。
日本でもようやく注目されてきた感情史についての最も定評ある基本書であり、新しい人文学の可能性をひらく書でもある。