内容
高橋亨(1878-1967)は戦前戦後を通じて活躍した朝鮮思想研究の第一人者である。戦前は生活・研究の拠点を朝鮮に置き,京城帝国大学で教育と研究に従事,戦後は天理大学において朝鮮学会の創立・運営に関わった。本書は高橋の朝鮮儒学関連論文を編修校訂し,原典に翻訳を付して読者の便を図った初めての論文集である。高橋の朝鮮儒学研究は,鋭敏かつ的確な思想分析と論理的整合性を備えた,他の追随を許さない出色の研究であり,往事の研究とは一線を画す朝鮮思想研究の嚆矢とも言うべきものである。朝鮮儒学研究においては,社会史的研究や書誌学的研究はさておき,思想の醍醐味を論じる学説史的研究では史上,高橋の研究を凌駕するものはなく,現在も依然として最良の研究の一つである。高橋は朝鮮総督府の文教政策に深く関与し,日本帝国の高級官僚出身の朝鮮研究者として,植民地主義的な行政文書や皇国史観の宣伝文も多く残したために戦後,彼の研究が顧みられることが少なかった。編者らは高橋の朝鮮儒学研究が評価に値し,熟読すべきところがあり,植民地主義者ゆえに優れた研究成果を丸ごと抹消するのはあまりに惜しいと考え本書の編纂を企画した。わが国の東アジア研究の質的向上には朝鮮思想研究が必須であり,良質な教材が必要である。また朝鮮思想研究の充実は他の朝鮮研究のレベルアップとともに日本研究をより深化させると考えられ,さらに東アジア学の構築のために朝鮮の事象は無視できず,中国,朝鮮,日本の文化交流の過程そのものを分析することが肝要である。本書はこれらの要請に応えることを期して刊行された。