内容
本書は英国の放送大学での長年の講義をもとに著された,現代徳倫理学についての定評の教科書である。半世紀ほど前に徳倫理学が現れたときには,保守的で自由民主主義とは合わないものと見なされていた。規範倫理学においては,義務ないし規則を強調するカントに由来する義務論の立場と,行為の結果を強調するベンサムやミルから派生した功利主義の立場があり,それら主流学説に対して,徳つまり道徳的な人柄を強調するプラトン,アリストテレスを起源とする徳倫理学が新たな展開を試みてきた。義務論や功利主義にたいする不満が,徳倫理学の再生を促したのは,当然取り組むべき課題が無視され軽んじられてきたことにある。すなわち個人が備えもつ動機と道徳的性格について,さらに道徳教育,道徳的な知としての良し悪しの判別力,友愛や家族愛,そして幸福の概念や道徳生活における感情の役割などの問題に,従来の道徳哲学では有効に対応できなかった。現代思想家に欠け,偉大な先達には見出される豊かな洞察によって現代道徳哲学に対する批判が展開された。本書は豊富な教育実践を踏まえ,平板で抽象的な解説を避けて,様々な事例や条件を検討し,読者を考えながら徳倫理学の世界へと導く第一級の概説書である。