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スターリンとモンゴル~1931-1946~(東北アジア研究専書)
寺山 恭輔
著
発行年月 |
2017年04月 |
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言語 |
日本語 |
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媒体 |
冊子 |
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ページ数/巻数 |
453p,122p |
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大きさ |
22cm |
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ジャンル |
和書/社会科学/政治学/国際関係論 |
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ISBN |
9784622085980 |
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商品コード |
1024128334 |
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NDC分類 |
319.380227 |
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本の性格 |
学術書 |
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新刊案内掲載月 |
2017年05月3週 |
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書評掲載誌 |
産経新聞 2017/05/21、日本経済新聞 2017/05/27 |
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商品URL
| https://kw.maruzen.co.jp/ims/itemDetail.html?itmCd=1024128334 |
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著者紹介
寺山 恭輔(著者):1963年長崎生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程西洋史学専攻(現代史学)研究認定退学。博士(文学)。東北大学東北アジア研究センター教授。
内容
ロシアと中国に挟まれたモンゴルは、その歴史を通じて両国と深い関係を有してきた。17世紀には清朝の版図に組み入れられたが、1911年の辛亥革命で清朝が崩壊すると独立を宣言した。一方ロシアは、19世紀後半から徐々にモンゴルへの進出を始め、革命と内戦を経てソ連時代に入るとさらに関与を深めていった。影響力の大きさは、ソ連国内の政治的傾向がモンゴルに並行的に現れることに看取される。しかし当初の左派路線は、1932年にモンゴルで大規模反乱が発生すると、スターリン自身によって否定されるに至る。親ソ政権の崩壊を防ぐためである。さらにその背景には、満洲事変の勃発と満洲国建国に対する危機意識があった。以後、モンゴルは満洲国に対する防波堤と位置づけられ、道路、河川、鉄道の整備によって有事への備えが行われてゆく。1939年のノモンハン事件におけるソ連側の勝因は、この10年がかりの準備の成果とみなしていいだろう。そして1945年、終戦前の交渉でスターリンが英米中に独立を認めさせたモンゴルは、ソ連とともに対日戦に参戦。満洲国の崩壊に貢献し、戦後の国民投票で独立を果たした。本書は、20年近くに及ぶこのスターリンの対モンゴル政策を一書にまとめたものである。ロシアの史料館の一次史料を駆使して、時系列的にソ連の対モンゴル関与を丹念に追った。史料の正確な読みが明かす歴史の醍醐味を十全に伝える実証的研究であり、ソ連・ロシア史研究のみならず東アジア国際政治史研究に新たな基礎的知見をもたらす試みである。