知を鐙す11のまなび

第6回

飯田 剛彦先生(前半)

正倉院宝物と聖語蔵経巻の魅力

正倉院には、聖武天皇御遺愛品を中心に約9,000点にのぼる宝物が1250年以上の時を超えて残され、天平の精華を今に伝えている。また、同構内には、隋・唐からの舶載経や、光明皇后発願による五月一日経など、約5,000巻を数える聖語蔵経巻も保管されている。今回は、秋の展覧会の内容も踏まえつつ、正倉院宝物や経巻の魅力についてお話しすると共に、丸善雄松堂と正倉院事務所が進める、聖語蔵経巻のデジタル化プロジェクトを紹介したい。

落合 俊典先生(後半)

天平写経と一切経 ―その魅力に迫る―

正倉院聖語蔵に秘蔵されている天平写経は、文化を愛好する人々の垂涎の宝物であると言っても過言ではないだろう。筆者は堺市の郊外にある古刹を訪問した折、奇しくも光明皇后五月十一日経を手にすることができた。巻末の識語(奥書)が無かったことから平安後期から鎌倉時代の写経と想定されていたものである。もう一例挙げれば、個人蔵の奈良写経本が敦煌本と類似することから詳しく調べると梁の武帝の著と されていた戒律の本であった。このように今でも貴重な古写経が眠っている可能性が高いのが日域である。本講座では天平写経の魅力を「一切経」という視点から掘り下げていく。

日 時:2019年9月13日(金) 18:30~21:00
会 場:日比谷図書文化館 大ホール

飯田 剛彦氏(宮内庁 正倉院事務所、奈良女子大学大学院客員教授)
2000年に宮内庁正倉院事務所に入所し、2017年から現職。専門は日本古代史で、正倉院宝物・文書の調査に携わる。正倉院にある聖語蔵経巻の「称徳天皇勅願経」について、742巻すべてが「称徳天皇勅願経」とは言えないのではないかとみられていたところを、包括的な研究により、その全容を解明した。主な著書に『正倉院の地図(日本の美術521号)』など。

落合 俊典氏(国際仏教学大学院大学 理事長、日本古写経研究所所長)
専門は教文献学、東アジア仏教、特にー切経の研究の研究。華頂短期大学教授、国際仏教学大学院大学教授を経て現職。文献の成立を多方面から徹底的に考究し、国内外に眠る貴重な資料を数多く発見している。主な著書は、牧田諦亮監・落合俊典編『七寺古逸経典研究叢書』全六巻。

【飯田 剛彦先生 影響を受けた「私の3冊」】

新版 古文書学入門

新版 古文書学入門

法政大学出版局

[理由]
大学の専門課程において、中世史の石井進先生が主催される古文書学のゼミの教科書として使用されていたのが本書である。石井先生のご指導の思い出と共に、専門課程に進んだばかりで本書から大きなインパクトを受けたことが忘れ難い。従来の古文書学の様式論を踏まえつつ、古文書がどのような働き、すなわち機能を有し、どのようにして伝来するのかという点に着目した、古典的な名著といえる。本書によって提示された古文書学の体系に、正倉院文書などの多様なあり方を示す史料を如何に位置づけられるか、という試みは古代史研究者にとっての大きな課題であり、早川庄八氏、杉本一樹氏らによって、成果が積み上げられてきた。ほぼ50年前の著作ではあるものの、この問題を考える際、常に立ち戻るべき偉業としての位置づけを本書は現在も失っていない。

品切

日本古代文書の研究

日本古代文書の研究

吉川弘文館

[理由]
かつての職場の上司であり、専門分野の先輩でもある、前正倉院事務所長・杉本一樹氏の著書。私が就職して一年後に刊行された本書を、常に座右に置いて仕事を進めた思い出がある。学生時代に取り組まれていた籍帳・家族制度の研究、勤務先における正倉院文書の原本調査に基づく研究から構成される。保存管理上の観点から、正倉院文書を直接手にとって研究できる人間はごく限られており、極端なことを言えば、そこで事実の見逃しがあれば、それを誰も窺い知ることはできない。その責任の重さを教え、目の前にあるモノとしての原本から如何に客観的な情報を抽出できるか、という差し迫った課題に対するヒントを提示し、導いていただいた。専門書であり、一般の方にはやや取っ付きにくいかもしれないが、正倉院文書を深く知る上では必読の書である。

品切

正倉院よもやま話

正倉院よもやま話

学生社

[理由]
こちらも正倉院事務所の大先輩(お会いしたことはない)であり、「正倉院の生き字引」の異名を持つ元保存課長・松嶋順正氏の著書である。氏は親子二代にわたって正倉院に奉職され、幼少期には、帝室博物館総長として正倉院の曝涼に立ち会うために奈良に逗留した森鴎外の身の回りの世話もされている。正倉院宝物は膨大な量があり、その全てに精通するのは至難の業である。物心ついた時分から正倉院が身近にあった著者だからこそ、その高みに達し、現在まで正倉院の関係者から尊敬を集めておられるのであろう。本書では宝物に関する様々な知見のほか、正倉院にまつわるエピソードが親しみやすい文体で綴られている。古い出版物のためビジュアル的には物足りないが、正倉院・宝物の豊かな世界に触れるには好適の一書である。

【落合 俊典先生 影響を受けた「私の3冊」】

品切

新しい地球観

新しい地球観

岩波書店

[理由]
 高校の地学の授業で火山の原因について論争になったことがある。地中にマグマ溜まりがあり、そこから噴火するという。教科書の図には地殻の表面付近に描かれている。地球の最深部から噴き出してきて溜まっているのだと説明を受けた。私は何故そのような場所にマグマ溜まりがあるのか不思議でたまらず、別の理由があるのだろうと考え、環太平洋火山帯と併せて原因を探るべきだと主張したが皆関係ないと言い張った。
 後日、上田誠也先生の本の中にある言葉「プレート・テクトニクス」を見た瞬間、これは必ず関係あると思って購入し貪るようにして読んだ。この本を契機として火山学、地球物理学・天文学などに関心を抱くようになった。反物質やダークマター、それからダークエネルギーに関する諸説にも関心を持っている。最近では火山学者・鎌田浩毅(1955~)先生の本が大変面白い。

【オンデマンド版】東西遊記<1>

【オンデマンド版】東西遊記<1>

平凡社

[理由]
 ノーベル物理学賞受賞(1949)の湯川秀樹(1907~1981)著『本の中の世界』(岩波新書1963年7月)を読むと作者がギリシャ哲学から中国の古典(『荘子』)にわたるばかりでなく、日本の古典文学にも明るい。作者は青春時代に近松浄瑠璃の本を読み漁ったという。これは私が高校生の時で近松門左衛門の本など難しく辟易していたので驚天動地のことだった。
 その著者が推奨していたのが橘南谿の『東西遊記』である。橘南谿(1753~1805)は医者であったが、早くに隠居して日本各地を旅行した。その記述は現代の科学者の視点と変わらない。当たり前だが、江戸時代にも科学者がいたのだと分かり、以後日本人の医学、薬学、天文学等の書物へ目が向くようになった。最近では『香薬抄』(『続群書類従』)の原本(スペンサーコレクション、NYPL蔵)を国語学者と輪読している。

【オンデマンド版】東西遊記<2>

【オンデマンド版】東西遊記<2>

平凡社

北越雪譜

北越雪譜

岩波書店

[理由]
 高校三年の夏、東北を放浪したことがある。山形のとある農家で稲刈りを経験しそのまま冬を迎えた。屋根に積もった大雪の雪下ろしを命じられ嬉々として上ったが、その辛いこと言葉にならない。屋根の勾配が急峻で恐ろしいのと普通の長靴を履いての作業であったため足が凍傷になりかけたからである。
『北越雪譜』には江戸の人たちが初雪に船を出して雪景色を愛でる姿を羨んでいるが、雪国の人にとって「雪」は苦しみの代名詞であった。著者鈴木牧之(1770~1842)は越後縮の商いと質屋を営んでいたが、文人との交わりも広範囲にわたっていた。彼の著は自ら書いた下絵をもとにできているという。渋海川奇蝶之図も描いている。ここの老婦から聞いた蝶の話には吸い込まれた。毎年白い蝶が花吹雪、いや霞を引いたように、朝から夕方まで川上へ向かって飛び交う。日が暮れるとその白蝶が水面に落ちて流れくだる。そのさまは白布のようであったと語る。これは柳田国男の『遠野物語』に通底する近世の豊かな幻想界を髣髴とさせ私の愛読書の一つとなった。

【飯田 剛彦先生 著書】

史料・史跡と古代社会

古代史講義

古代史講義

筑摩書房

日本古代交流史入門

東大寺の新研究

日本古代の交通・交流・情報

日本の対外関係

日本の対外関係

吉川弘文館

正倉院文書論集

正倉院古文書影印集成 第3期全3巻

正倉院古文書影印集成 第2期 続修後集・続修別集(全6冊)

【落合 俊典先生 著書】

古代の文化圏とネットワーク

絵が物語る日本

絵が物語る日本

三弥井書店

シリーズ大乗仏教

漢字文化三千年

中国宗教文献研究

鎌倉仏教の思想と文化

草創期の敦煌学

七寺古逸経典研究叢書

七寺古逸経典研究叢書

七寺古逸経典研究叢書

七寺古逸經典研究叢書

七寺古逸經典研究叢書

七寺古逸經典研究叢書

【正倉院・写経関連書籍】

上代写経識語注釈

奈良時代の官人社会と仏教

正倉院文書と古代中世史料の研究

正倉院鏡と東アジア世界

正倉院写経所文書を読みとく

正倉院文書と下級官人の実像

正倉院文書と造寺司官人

正倉院文書の歴史学・国語学的研究

シルクロード紀行

シルクロード紀行

ミネルヴァ書房

律令制と正倉院の研究

正倉院の香薬

正倉院の香薬

思文閣出版

法華経写経とその荘厳

法華経写経とその荘厳

中央公論美術出版

奇蹟の正倉院宝物

奇蹟の正倉院宝物

角川学芸出版

正倉院宝物と東大寺献物帳

正倉院宝物の世界

正倉院宝物と古代の技

正倉院宝物

蜷川式胤「八重の残花」

蜷川式胤「八重の残花」

中央公論美術出版

正倉院染織品の研究

日本古代の武具

日本古代の武具

思文閣出版