【ヴィクトリア時代の湖水地方案内】

文献復刻集成 ヴィクトリア時代の湖水地方案内
Lake District Tours at the Victorian Age 1842-1902

6文献・合本5巻+和文解説

2,016 p., Hard.

ISBN : 978-4-902454-73-4

2013年2月刊行

ご注文はこちらをクリック

【概要】

監修・和文解説:中島俊郎(甲南大学教授) 序文:Malcolm Andrews(ケント大学名誉教授)

英国湖水地方はイングランド北西部のウェストモーランド、カンバーランドに位置し、氷河湖、小川、滝、ヒースの茂る湿原や牧草地、岩が切り立った山々などの美しく変化に富んだ風景によって訪れる人々を魅了してきました。まさに湖水地方は「イングランドでもっとも愛された庭園」(ルイ・カザミアン)であると言えましょう。とくに19世紀初頭にワーズワース、コールリッジ、サウジーなど一群の詩人が移り住み、湖水派詩人と呼称されて数々の名詩を生み出したことでも広く知られます。ヴィクトリア時代に至ると湖水地方は、英国の文化・時代精神そのものを映す鏡とされ、質の高い旅行ガイドが多く出版され、イギリス史、文芸のみならず、社会史、ツーリズムの文化史、鉄道、ジャーナリズム、自然環境保護運動の研究にも重要な視座を与えています。 本文献集は、この時代に刊行されたガイドブック群から精選するもので、コリングウッド、フォード、マーティノー、リントンによって著された代表的なガイドブック5点と、1865年に刊行された貴重なブラック社ピクチャレスク・ガイド1点を収録します。

【推薦のことば】

中島俊郎(甲南大学教授)

 ヴィクトリア朝の湖水地方は、美意識以上に、文化・時代精神そのものを映す鏡になっていた。キーワードとして「ツーリズム、文学精神、自然保護」をあげれば湖水地方の像はより明確となるであろう。

1700年代に「発見」され美的対象となった湖水地方は、ヴィクトリア朝時代にはまったく異なる様相を呈しはじめていた。先ずあげられるのはツーリズムの台頭である。ヴィクトリア朝末期には年間50万人もの観光客が押し寄せる一大リゾート地へと変貌をとげた。ケンダル=ウィンダーミア間に鉄道が敷設されたとき、警世家ジョン・ラスキンは、グラスミア湖周辺がメリーゴーランドになってしまうであろうと観光化に対して非難の声を早くからあげていた。

湖水地方がツーリズムの波に洗われていた一方で、湖の周辺に居を構える富裕層のエリートたちが現れた。そのような人々のなかにケジィック付近のダヴェント湖畔に住居を構えたルパート・ポッターがいた。ヒースにおおわれたスキドー丘陵で赤リスと遊んだ娘ベアトリックスが、1895年に創立されるナショナル・トラストの有力メンバーとなったのは、ある意味で自然な帰結であろう。

 ワーズワースなどのロマン派の詩人たちは、湖水地方の風景が詩的源泉になり、かつ精神的な治癒力になることを喝破していた。湖水地方はさらに文学的感性の涵養の地となっていくのだが、それには「湖水地方保護協会」などの地道で着実な活動があって初めて、「偉大な自然の大聖堂」となりえたというべきであろう。

 ヴィクトリア朝に発行された湖水地方のガイドブックには単なる観光案内の域を超えて、「開発と自然保護」「ツーリズムと環境保全」などの同時代に生起し今日においてもなお論争の的になっている諸問題がきわめて先鋭的にとらえられているのである。ワーズワースは環境がもつ精神性を重視したが、その詩的影響力が頂点をきわめたのは、他ならないヴィクトリア朝時代であった。

【収録文献】

■Vol. 1 : 505 pp.

William Ford, A Description of the Scenery in the Lake District

(R. Groombridge & Sons, [1839]1852) xiv, 246 pp. with 5 double-page maps. 4 in colour.

鉄道の招来は湖水地方にツーリズムの波を生み出し、その地を一大観光地へと変貌させた。ツーリズム全盛期を支え、指南の書になったのは、ウィリアム・フォード師の本書であり、実用面と旅情を巧みに結びつけた編集で版を重ねた。

Our English Lakes, Mountains, and Waterfalls as Seen by William Wordsworth

(A. W. Bennett, 1864) xiv, 191 pp. 13 plates.

錚々たる人士が参加したワーズワース協会が設立され、湖水地方詣ではその詩的源泉にふれる精神修行に組み込まれ、陸続と出版されたガイドブックは必ずその詩句を引用しテキストのなかに埋め込んだのであった。現在までその伝統はつづいているが、ワーズワース詩を歌枕とするこの湖水地方ガイドブックは嚆矢であり、また別の意味でワーズワース鑑賞の手引にもなっている。今日、ガイドブックには写真図版が不可欠であるが、本書は湖水地方ガイドブックとして初めて写真が図版として使用された。ここで用いられたステレオ写真は、視覚文化史のうえからも貴重な資料を提供してくれるであろう。

■Vol. 2: 316 pp.

Harriet Martineau, A Complete Guide to the English Lakes

(John Garnett, 1855) xii, 233 pp. 22 illus.

ヴィクトリア時代は出版の時代でもあった。そして女性作家が大いに健筆をふるった時代でもあったが、女性の警世家・社会改良論者が活動領域をガイドブックにまで広げ、沃土のすそ野をさらに豊かにし、トラヴェローグの可能性を問いただした。「女性作家のなかで当代一の書き手」(ジョージ・エリオット)と称されたハリエット・マーティノーの湖水地方ガイドはまさにその意味において、注目に値する。1844年からアンブルサイドに住み始めた著者の目に映った湖水地方は、もはやピクチャレスクを求める聖地ではなく、ミドルクラスの人々が闊歩する居住地へと変貌していた。当地に蠢く貧民をいたずらに神聖視してフィクション化するのではなく、経済的窮状を直視しようとした。

■Vol. 3: 397 pp.

Elizabeth Lynn Linton, The Lake Country

(Smith, Elder & Co., 1864) xl, 351 pp.

政治問題についても積極的な発言を怠らなかったエリザベス・リン・リントンも、群れなす女性ジャーナリストの最初のひとりである。アンチ・フェミニスト論「奔放な女性」(1891)を物し激烈な論争を呼び起こした女性論者であり、同時にウルストンクラフトの思想的末裔を自認する矛盾をかかえたフェミニストでもあった。ロンドンのジャーナリズムの世界で孤軍奮闘するなかで、たえず精神的な慰撫となったのは湖水地方であった。夫であるウィリアム・ジェームズ・リントンが作製した全編を彩る図版は同時代の急進的な政治性を自然描写のなかに多分に含んでいる。ただリントンのガイドブックを紐解く読者は、観光案内の指南の書以上に、「読むガイドブック」に変貌を遂げているのに興味をおぼえるであろう。すでにアームチェア・トラベラーからの熱烈な需要に応えてこうした「旅行ガイド」が企画出版されていたのである。

■Vol. 4: 380 pp.

Anon., Black’s Picturesque Guide to the English Lakes

(Adam & Charles Black, 1865) xxxii, 293 pp. 16 illus.

本書は、鉄道による湖水地方ガイドブックの代名詞となった。ヴィクトリア朝は、科学的精確さにとらわれた時代であった。ガイドブックは、旅行者への利便性とともに、「事実」への著しい傾斜を示し、丘陵、湖などが実測値で表記され、情感的な側面とバランスを保っていた。

■Vol. 5: 418 pp.

W. G. Collingwood, The Lake Counties

(Frederick Warne, [1902]1932) xii, 368 pp. 16 illus. 1 folded map.

湖水地方の文学的源泉はワーズワースだけではなかった。コニストン湖畔には高名な美術批評家にして社会改革家ジョン・ラスキンが自らの住居を建て、自然環境保護を声高に訴えていたラスキンの秘書でありすぐれたラスキン伝を書いたW.G.コリングウッドも同地に住み、湖水地方を活写した自然誌をしるし、そのガイドブックはナショナル・トラスト運動にも寄与し、今日では古典的な地位を与えられている。さらに、コリングウッドが若きアーサー・ランサムと交流し、文学的精神を涵養した事実もここで特記しておかねばならないだろう。ランサムは児童文学の傑作『ツバメ号とアマゾン号』シリーズを生み出したが、湖水地方の自然が児童文学の数々の名作を生み出す揺籃の地であったことは、ベアトリックス・ポッターの『ピーター・ラビット』の例をあげれば十分であろう。