内容
著者は、全国の私立の精神科病院を中心とした組織である日本精神科病院協会の会長で、精神科医療のあり方について、長年積極的な提言を続けてきた精神科医である。本書は、協会の機関誌に掲載された著者の「巻頭言」を集大成したもの。精神科病院といえば、薬漬けにされた患者が鉄格子の部屋に長期にわたって収容されている、といったイメージで語られることが多いが、現場に立ち続けてきた著者は、それは実態とはかけ離れた偏見だと言う。国は戦後一貫して、精神病患者を病院に収容する方向で制度設計してきた。その結果、36万床という膨大な病床が生まれたのだが、ここにきて一転、患者を病院から退院させ地域で見守るようにしよう、それが世界の大勢だ、と言い始めた。上記の「病院は患者を薬漬けにし、長期収容することで儲けている」といった偏見とあいまって、いまや「精神病院イコール悪」と言わんばかりの空気がある。しかし、地域にきちんとした受け皿を用意せず、安易に方針転換して退院を促進すれば、患者は行き場をなくしてしまう。そもそもそれは、精神科病院の実態を知らずになされている議論だ、と著者は憂うのである。硬骨漢の著者の筆先は、少子高齢化社会の実相、世の中の矛盾、国際問題にまで及ぶ。本書は精神科医療のあり方を中心とした憂国の書とも言えるだろう。