変形性股関節症診療ガイドライン<2024>
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目次
【書評】 科学的根拠に基づく医療(evidence-based medicine)を普及させるため,整形外科においても日常診療で遭遇する頻度の高い疾患および重要性が高いと思われる11疾患が2002年に選定された.その中で,2008年にはじめての統一的な『変形性股関節症診療ガイドライン』が発行され,変形性股関節症の診断・治療における標準的な手順が定められた.このガイドラインの発行により,全国的な治療の均一化・標準化が図られ,安全で効果的な治療を提供し,患者への質の高い医療の提供が期待されるようになった.2016年に出版された第2版では,治療の効果(益)のみだけでなく,合併症の発生(害)も考慮し,エビデンスを定性的または定量的にメタ解析し,エビデンスレベルおよび推奨が決定された.また,大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)が独立した章を設けて取り上げられた.ガイドラインの歴史は,医療従事者にとって重要な指針を提供するだけでなく,患者にとっても安心して治療を受けるための基盤を整えてきた. 「Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020」は,国際的に行われている方法を参考にしているが,特に「エビデンス総体(body of evidence)」の重要性が強調されており,Clinical Question(CQ)に対して系統的な方法で収集した研究報告を,アウトカムごと,または研究デザインごとに評価し,その結果をまとめたものをエビデンス総体として評価することをめざしている.第3版では,「Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020」を基に方法論をアップデートし,第2版の方針が基本的に踏襲され,「益と害」のバランスを考慮するアプローチを引き続き重視し,それらを統合した推奨が記載されている. すでに広く受け入れられている内容についてはBackground Question(BQ)とし,新しい臨床上の疑問をCQと整理し,実臨床に即したかたちで推奨文を提示・解説している.さらに現時点で明確な推奨を決定できない内容についても,将来の研究に期待される分野としてFuture Research Question(FRQ)として取り上げている.第3版において,「疫学・自然経過」,「病態」,「診断」については,初版および第2版のCQに追記する形式とし,BQとして要約と解説に統一されている.「診断」については,臨床上,診断をすすめる順序に沿った疑問を9つのBQにまとめている.第2版と比較して項目自体は減ってはいるが,臨床医にとっては思考しやすい形式となった.時代の変化をとらえ,病態の章では「下肢アライメント」,診断の章では「AI」,保存療法の章では「platelet rich plasma」,関節温存の章では「関節内処置」,「borderline dysplasia」,「スポーツ参加」,人工股関節全置換術の章では「dual mobility cup」,「ナビゲーション」,「robotic arm-assisted THA」や「認知症」など新しいCQやFRQが作成された. また,推奨文は「行うこと/行わないことを強く/弱く提案する」といった形式で統一された.したがって,推奨の強さは1「強い(推奨する)」,2「弱い(提案する)」,3「推奨を提示できない」の三つに分類され,第2版の5つのGradeと比較して理解しやすい基準になった.新しいエビデンスも加わり,結果的に第2版の推奨度とは異なる項目も存在した.保存療法の章においては,第2版で患者教育:A,運動療法:B,物理療法:C,歩行補助具・装具:BとI,薬物療法:B,関節内注入:Cであったのに対し,第3版ではこれらすべてのCQの推奨の強さが2と等しいが,エビデンスの強さでは薬物療法のみがBでその他がCであり,推奨の信頼性を区別している.解説も含めて各項目の推奨を深く理解することができる. ガイドラインは,医療や専門分野において最新の科学的知見,技術革新,社会的・倫理的価値,疫学的変化,法規制,患者ニーズ,そして費用対効果の変化に対応するために,定期的に見直され,改訂される必要がある.これにより,時代に応じた最適なケアや治療が提供されることが保証される.今回の改訂を通じて,変形性股関節症の診療がさらに精緻化し,医療技術の進歩とともに患者の生活の質が向上していくことが期待される.今後も新たなエビデンスが蓄積される中で,ガイドラインの定期的な改訂が続くことは,医療の質を維持・向上させるために不可欠であり,診療の現場においてもその意義がますます重要になってくるであろう.最後に,ガイドラインの作成には多大な時間と労力が必要となるが,コロナ禍において本改訂にご尽力された委員の皆様には,心より敬意と感謝を申しあげたい. 臨床雑誌整形外科76巻2号(2025年2月号)より転載 評者●大分大学整形外科教授・加来信広 【改訂第3 版の序】 2000 年代初頭から様々な領域で診療ガイドラインがつくられるようになり,日本整形外科学会においても2002 年に診療ガイドライン委員会がスタートし,11 疾患のガイドラインを作成することとなった.そのひとつが変形性股関節症で,2008 年に変形性股関節症診療ガイドラインの初版が出版された.初版では変形性股関節症(股関節症)を疫学・自然経過,病態,診断,保存療法,関節温存手術と関節固定術,人工股関節全置換術(THA)の6 つの章に分け,それぞれのresearch question に対して推奨文と解説を加えて,変形性股関節症のQ&A として読者の期待に応えてきた. その後,診療ガイドライン自身の方向性も大きく変化した.初版当時はRCT や観察研究などの研究デザインそのものをエビデンスレベルとするのが通常であったが,さらにシステマティックレビューを行い,それらを統合してエビデンスレベルおよび推奨を決める手法が取られるようになった.2016 年に出版された第2 版ではエビデンスを定性的または定量的にメタ解析することを基本とし,「益と害」の概念も重要視した.すなわち,治療の効果(益)のみを記述するのではなく,合併症の発生(害)なども考慮してバランスよく推奨を決定した.また,新しい疾患概念であった大腿骨寛骨臼インピンジメント(femoroacetabular impingement:FAI)をひとつの章として独立させ,その病態・診断・治療についての概説が追加された. 改訂第3 版の作成方針は第2 版を基本的に踏襲したものであるが,「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2020」をもとにアップデートされた方法で作成された.「疫学・自然経過」,「病態」,「診断」は,要約・解説の形式に統一し,Background Question(BQ)として前版の内容に新知見を加えたものである.治療に関しても,すでに確立され,広く受け入れられている内容はBackground Question として記載した.Clinical Question(CQ)はより実臨床に即した内容に整理を行い,推奨文は「行うこと/ 行わないことを強く/ 弱く推奨する」という統一された形式で表現した.また,現在推奨を決められなくとも,今後の研究が期待される内容のquestion はFuture Research Question(FRQ)として取り上げた. 最終的な推奨を決定するまでには多くの方にアドバイスをいただいた.特に日本医療機能評価機構(Minds)EBM 医療情報部の吉田雅博先生には毎回の委員会にご出席いただき,委員たちの直面した問題に都度適切な助言をいただいた.改めて厚く御礼を申し上げる.キックオフして約3 年間の時間が流れ,ここに変形性股関節症診療ガイドライン第3 版を上梓することができた.読者の皆様が,策定委員の労苦を汲み取っていただき,本ガイドラインが医師と患者の治療選択をより具体的にサポートできることを心より祈念する. 改訂の機会をお許しいただいた日本整形外科学会前理事長・松本守雄先生,診療ガイドライン委員会前担当理事・齋藤貴徳先生,現理事・坂井孝司先生,前委員長・石橋恭之先生,現委員長・西井孝先生,そして多大なご支援を賜った日本股関節学会前理事長・杉山肇先生,現理事長・菅野伸彦先生に感謝を申し上げる.最後に本ガイドラインの改訂にご尽力いただいたすべての策定委員,膨大な実務とスケジュール管理をこなしていただいた国際医学情報センターの逸見麻理子氏,刊行を仕上げていただいた南江堂の枳穀智哉氏に深謝申し上げる. 2024 年5 月 日本整形外科学会・日本股関節学会 変形性股関節症診療ガイドライン策定委員会 委員長 中島 康晴 【第2 版の序】 2008 年に変形性股関節症診療ガイドラインの初版が出版されて早や7 年が経過した.初版では変形性股関節症(股関節症)を疫学,病態,診断,保存療法,関節温存術,人工股関節全置換術の6 つの章に分け,51 題のclinical question(CQ)に対して推奨文と解説を加えた.検索された文献は3,000 余りに上り,股関節症のQ&A として読者の期待に応えてきたと思われる.しかしながら日進月歩の医学において,ガイドラインの寿命は5 年以内とも言われている.確かに股関節領域においても多くの新しい話題が注目されるようになった.その例として,大腿骨寛骨臼インピンジメント(femoroacetabular impingement:FAI)やメタルオンメタルTHA における副作用を挙げることができる.FAI の概念は,これまで原因不明で一次性股関節症と呼んでいた病態の一部を明らかにしたし,金属イオンの深刻な問題は私たちに新しい機種がもつ危険性を自覚させた.これらの諸問題をup date する目的で2013 年に策定委員会が組織された. 一方,診療ガイドラインの方向性も大きな変化を遂げている.初版発刊当時はRCT やcase series などの研究デザインそのものを論文のエビデンスレベルとするのが通常であったが,最近ではさらにsystematic review を行い,それらを統合してエビデンスレベルを決める手法が取られるようになった.本ガイドラインにおいても,数多くのエビデンスを定性的または定量的にメタ解析を行うことを基本とした.また「益と害」の概念も重要視されている.すなわち,治療の効果(益)のみを記述するのではなく,合併症の発生やその医療にかかる費用(害)もバランスよく記載することが重要視されている.さらにはエビデンスの質ばかりでなく,患者の好みや希望も考慮して,ある状況下で医師と患者の治療選択をより具体的にサポートできるガイドラインを目指している. 今回の改訂にあたり初版のCQ は抜本的に見直した.新しい話題をできるだけ取り入れて,実臨床に即したCQ に統廃合・整理した結果,計59 題のCQ となった.上記FAI を疾患として捉えるべきか,病態として考えるべきかは議論の分かれるところであるが,改訂版ではFAI を1 つの「章」として独立させ,その病態・診断・治療について概説している.今後の議論の土台になれば幸いである. 最後に本ガイドライン改訂にご尽力された策定委員会の皆様に深謝を申し上げる.特にガイドライン作成方法論担当として参加をお願いした国際医療福祉大学化学療法研究所附属病院人工透析・一般外科の吉田雅博先生にはエビデンスの統合から推奨の決め方まで惜しみない助言を頂いた.ここに改めて心よりお礼を申し上げる. 2016 年4 月 日本整形外科学会 変形性股関節症診療ガイドライン策定委員会 委員長 中島 康晴 【変形性股関節症診療ガイドライン(初版)の序】 日本整形外科学会の診療ガイドラインは,日常診療において質の高い医療を提供するための拠り所として,また,医師と患者さんのインフォームドコンセント獲得および治療方針選択を助ける手引きとして,平成14 年から策定が始められた. まず,11 疾患に対する診療ガイドライン策定に着手し,平成17 年から19 年までに9 疾患の診療ガイドラインが完成した.平成19 年には新たに3 疾患の診療ガイドライン策定が決定し,2 疾患については,診療ガイドラインに基づいた患者さんのためのガイドラインを刊行した.当初計画した11 疾患については,平成20 年中にすべての診療ガイドラインが完成する予定である. 診療ガイドラインの策定にあたっては,まず,国内外の科学論文を広範囲に収集し,その論文を科学的根拠に基づいて評価し,それぞれの疾患のエキスパートが厳密な査読を行ってエビデンスレベルを決定した.日常診療において直面する疑問(リサーチクエスチョン)を設定し,集積したエビデンスに基づいて,それぞれのリサーチクエスチョンに対する推奨内容および推奨度を示した.推奨内容と推奨度は,ガイドライン策定委員が慎重な討議を重ね,かつパブリックコメントでの客観的な評価を踏まえて示したものである.ただし,診療ガイドライン策定を行った時点で十分なエビデンスが確定していない内容の場合は,エキスパートオピニオンを踏まえ,策定委員が推奨度を設定した. 診療ガイドラインはエビデンスの集約ではなく,エビデンスに基づいた診療の手引きである.また,60 ~ 95%程度の患者さんについて,エビデンスに基づいた選択肢を提示したものである.したがって,すべての患者さんあるいはすべての臨床的局面に対応できる標準的な治療方針ではない.また,個々の医師の決定権を制限するものでもない.この点を十分念頭に置いた上で診療ガイドラインを活用していただきたい. 診療ガイドライン策定に尽力された策定委員の先生方,パブリックコメントに建設的な意見を寄せていただいた会員の皆様,および委員会運営に力強い支援をくださった担当理事の先生方にお礼を申し上げたい. 2008 年5 月 日本整形外科学会 診療ガイドライン委員会委員長 久保 俊一 【目次】 前文 第1章 疫学・自然経過 Background Question 1-1 わ
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