内容
曲亭馬琴畢生の幻の傑作読本が、初の完全翻刻・詳注・全訳で復活。
陶晴賢(すえはるかた)の大内義隆弑逆(しいぎゃく)という史実に材をとり、中国白話(口語体)小説の趣向を盛り込んだ、全六十回(講釈スタイルで「回」を使う)の曲亭馬琴の大作読本。注釈・現代語訳を施した完全な翻刻は、当全集が初めてで、本巻(1)は三分冊の一、第二十回までを収録。大内家の家臣陶隆房と京都の歌妓お夏との間に生まれた、主人公珠之介(晴賢)が、その美貌と才知を武器に次第に成り上がっていく様子を、馬琴独特の緻密な構成と精緻な文体で展開する。運命に弄ばれ、次々に男に身を任せる淫奔な母、お夏。山賊に育てられ、また富豪に引き取られて贅を知り、そして希代の美貌によって大名の寵愛を得る珠之介。母子の流転の裏には、のちに逆臣となるべき邪心奸知が少年に芽生えていた……。『八犬伝』で世評を得た馬琴が、それと並行して足かけ二十年にわたって書き継いだ大河小説で、『八犬伝』が主に男性読者に好まれたのに対し、本作は女性読者を熱狂させたという。お夏の奔放さは女性に科せられた呪縛からの開放ともいえるし、珠之介の美少年ぶり(当初の挿画は国貞)とニヒルな生き方は、それほどまでに妖しい魅力をもつキャラクターなのであった。