コレクション日本歌人選<009> 相模
武田 早苗 著
内容
目次
01 岩間もる水にぞやどす梅の花こずゑは風のうしろめたさに 02 花ならぬなぐさめもなき山里に桜はしばし散らずもあらなん 03 霞だに山ぢにしばし立ちとまれすぎにし春の形見とも見む 04 見渡せば波のしがらみかけてけり卯の花さける玉川の里 05 五月雨は美豆の御牧のまこも草刈り干すひまもあらじとぞ思ふ 06 五月雨の空なつかしくにほふかな花橘に風や吹くらん 07 聞かでただ寝なましものを時鳥なかなかなりや夜半の一こゑ 08 下紅葉ひと葉づつ散る木の下に秋とおぼゆる蟬の声かな 09 手もたゆくならす扇のおきどころ忘るばかりに秋風ぞ吹く 10 ほどもなくたちやかへらむ七夕の霞の衣波にひかれて 11 秋の田になみよる稲は山川の水ひきうゑし早苗なりけり 12 雨により石田の早稲も刈り干さで朽たし果てつる頃の袖かな 13 暁の露は涙もとどまらで怨むる風の声ぞ残れる 14 都にも初雪降れば小野山のまきの炭窯焚きまさるらん 15 あはれにも暮れゆく年の日数かなかへらむことは夜のまと思ふに 16 逢あふことのなきよりかねて辛ければさてあらましに濡るる袖かな 17 五月雨の闇はすぎにき夕月夜ほのかに出でむ山の端を待て 18 つきもせずこひに涙をわかすかなこや七くりの出湯なるらん 19 もろともにいつか解くべきあふことのかた結びなる夜半の下紐 20 昨日今日嘆くばかりの心地せば明日に我が身やあはじとすらん 21 さもこそは心くらべに負けざらめはやくも見えし駒の足かな 22 なほざりに行ゆきてかへらん人よりもおくる心や道にまどはん 23 ことの葉につけてもなどかとはざらん蓬の宿も分かぬ嵐を 24 荒かりし風の後より絶えぬるは蜘蛛手にすがく糸にやあるらん 25 あやふしと見ゆる途絶えの丸橋のまろなどかかるもの思ふらん 26 来じとだにいはで絶えなば憂かりける人のまことをいかで知らまし 27 荒磯海の浜の真砂をみなもがなひとりぬる夜の数にとるべく 28 恨みわび干さぬ袖だにあるものを恋に朽ちなん名こそ惜しけれ 29 夕暮れは待たれしものをいまはただ行くらむかたを思ひこそやれ 30 辛からん人をもなにか恨むべきみづからだにもいとはしき身を 31 いつとなく心そらなる我がこひやふじの高嶺にかかる白雲 32 あふさかの関に心はかよはねど見し東路はなほぞこひしき 33 あきはててあとの煙は見えねども思ひさまさむかたのなきかな 34 いとはしき我が命さへゆく人の帰らんまでと惜しくなりぬる 35 時しもあれ春のなかばにあやまたぬ夜半の煙はうたがひもなし 36 さして来し日向の山を頼むには目もあきらかに見えざらめやは 37 氏を継ぎ門を広めて今年より富の入り来る宿と言はせよ 38 薫物のこを得むとのみ思ふかなひとりある身の心ぼそさに 39 光あらむ玉の男子得てしがな搔き撫でつつもおほし立つべく 40 野飼はねど荒れゆく駒をいかがせん森の下草さかりならねば 41 東路のそのはらからは来たりともあふ坂までは来さじとぞ思ふ 42 綱たえて離れ果てにし陸奥のをぶちの駒を昨日見しかな 43 見し月の光なしとや嘆くらん隔つる雲に時雨のみして 44 いづくにか思ふことをも忍ぶべきくまなく見ゆる秋の夜の月 45 あとたえて人も分け来ぬ夏草のしげくもものを思ふころかな 46 木の葉散る嵐の風の吹くころは涙さへこそおちまさりけれ 47 埋み火をよそにみるこそあはれなれ消ゆれば同じ灰となる身を 48 憂き世ぞと思ひ捨つれど命こそさすがに惜しきものにはありけれ 49 もろともに花を見るべき身ならねば心のみこそ空にみだるれ 50 難波人いそがぬたびの道ならばこやとばかりもいひはしてまし 歌人略伝 略年譜 解説 「歌人「相模」」(武田早苗) 読書案内 【付録エッセイ】「うらみわび」の歌について(森本元子)