コレクション日本歌人選<025> 今様
植木 朝子 著
内容
目次
01 春の初めの歌枕 霞たなびく吉野山 鶯佐保姫翁草 花を見捨てて帰る雁 02 仏は常にいませども 現ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見えたまふ 03 弥陀の誓ひぞ頼もしき 十悪五逆の人なれど 一度御名を称ふれば 来迎引接疑はず 04 達多五逆の悪人と 名には負へども実には 釈迦の法華経習ひける 阿私仙人これぞかし 05 龍女は仏に成りにけり などかわれらも成らざらん 五障の雲こそ厚くとも 如来月輪隠されじ 06 万を有漏と知りぬれば 阿鼻の炎も心から 極楽浄土の池水も 心澄みては隔てなし 07 いづれか貴船へ参る道 賀茂川箕里御菩薩池御菩薩坂 畑井田篠坂や一二の橋 山川さらさら岩枕 08 貴船の内外座は 山尾よ川尾よ奥深吸葛 白石白髭白専女 黒尾の御前はあはれ内外座や 09 極楽浄土の東門に 機織る虫こそ桁に住め 西方浄土の灯火に 念仏の衣ぞ急ぎ織る 10 峰の花折る小大徳 面立よければ裳袈裟よし まして高座に上りては 法の声こそ尊けれ 11 いづれか法輪へ参る道 内野通りの西の京 それ過ぎて や 常磐林のあなたなる 愛敬流れくる大堰川 12 海には万劫亀遊ぶ 蓬莱山をや戴ける 仙人童を鶴に乗せて 太子を迎えて遊ばばや 13 心の澄むものは 秋は山田の庵ごとに 鹿驚かすてふ引板の声 衣しで打つ槌の音 14 心の澄むものは 霞花園夜半の月 秋の野辺 上下も分かぬは恋の路 岩間を漏り来る滝の水 15 常に恋するは 空には織女流星 野辺には山鳥 秋は鹿 流れの君達冬は鴛鴦 16 思ひは陸奥に 恋は駿河に通ふなり 見初めざりせばなかなかに 空に忘れて止みなまし 17 われを頼めて来ぬ男 角三つ生ひたる鬼になれ さて人に疎まれよ 霜雪霰降る水田の鳥となれ さて足冷たかれ 池の浮草となりねかし と揺りかう揺り揺られ歩け 18 君が愛せし綾藺笠 落ちにけり落ちにけり 賀茂川に川中に それを求むと尋ぬとせしほどに 明けにけり明けにけり さらさらさやけの秋の夜は 19 御馬屋の隅なる飼猿は 絆離れてさぞ遊ぶ 木に登り 常磐の山なる楢柴は 風の吹くにぞちうとろ揺るぎて裏返る 20 遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんと生まれけん 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ 21 嫗の子どもの有様は 冠者は博打の打ち負けや 勝つ世なし 禅師はまだきに夜行好むめり 姫が心のしどけなければいとわびし 22 小鳥の様がるは 四十雀鶸鳥燕 三十二相足らうたる啄木鳥 鴛鴦鴨〓(立+鳥)鳰鳥川に遊ぶ 23 淡路の門渡る特牛こそ 角を並べて渡るなれ 後なる牝牛の産む特牛 背斑小牝牛は今ぞ行く 24 舞へ舞へ蝸牛 舞はぬものならば 馬の子や牛の子に蹴ゑさせてん 踏み破らせてん 実に美しく舞うたらば 華の園まで遊ばせん 25 聖の好むもの 比良の山をこそ尋ぬなれ 弟子やりて 松茸平茸 滑薄 さては池に宿る蓮の〓(草冠+密) 根芹根蓴菜 牛蒡河骨独活蕨土筆 26 山の様がるは 雨山守山しぶく山 鳴らねど鈴鹿山 播磨の明石のこなたなる 潮垂山こそ様がる山なれ 27 讃岐の松山に 松の一本歪みたる 捩りさの捩りさに 猜うだるかとや 直島の さばかんの松をだにも直さざるらん 28 ゐよゐよ蜻蛉よ 堅塩参らん さてゐたれ 働かで 簾篠の先に 馬の尾縒り合はせてかい付けて 童冠者ばらに繰らせて遊ばせん 29 春の野に 小屋構いたるやうにて突い立てる鉤蕨 忍びて立てれ 下衆に採らるな 30 波も聞け小磯も語れ松も見よ われをわれと言ふ方の風吹いたらば いづれの浦へも靡きなむ 31 つはり肴に牡蠣もがな ただ一つ牡蠣も牡蠣 長門の入海の その浦なるや 岩の稜につきたる牡蠣こそや 読む文書く手も 八十種好紫磨金色足らうたる男子は産め 32 東屋のつまとも終にならざりけるもの故に 何とてむねを合はせ初めけむ 33 神ならばゆららさららと降りたまへ いかなる神かもの恥ぢはする 34 小磯の浜にこそ 紫檀赤木は揺られ来で 胡竹の竹のみ揺られ来て たんなたりやの波ぞ立つ 35 もろこし唐なる笛竹は いかでかここまでは揺られ来し ことよき風に誘はれて 多くの波をこそ分け来しか 36 もろこし唐なる唐の竹 佳い節二節切り込めて 万の綾羅に巻き籠めて 一宮にぞ奉る 37 夏の初めの歌枕 卯の花撫子菖蒲草 有明の月の曙に 名乗りしてゆく時鳥 38 冬の初めの歌枕 汀の鴛鴦薄氷 梢寂しき四方の山 天の原より降れる雪 39 常にこがるるもの何 富士の嶺浅間の嶽とかや 須磨の浦なる海人小舟 われらが恋する胸もあるは 40 君をはじめて見る折は 千代も経ぬべし姫小松 御前の池なる亀岡に 鶴こそ群れ居て遊ぶなれ 41 草の枕のうたたねは 浦島の子が箱なれや いかに見し夜の夢なれば あけてくやしと思ふらむ 42 王昭君こそかなしけれ 月は見し夜の影なれど 漢宮万里思へば遥かなり 胡角一声涙添ふ 43 楊貴妃帰りて唐帝の 思ひし思ひもかくやあらん 李夫人去りにし漢王の 嘆く嘆きも何ならず 44 さてもその夜は君や来し われや行きけむおぼつかな 夢か現かたどられて 思へど思へどあさましや 45 須磨より明石の浦風に 憂きこと見えし名ぞや誰 当代帝の御子とて 源氏と申しし人ぞかし 46 若紫の昔より 契りし野辺の露なれど 消えにし後にはいかがせん 頼めば弥陀にぞ奉る 47 聞くに心の澄むものは 荻の葉そよぐ秋の暮れ 夜深き笛の音箏の琴 久しき宿吹く松風 48 籬の内なるしら菊も うつろふ見るこそあはれなれ われらが通ひて見し人も かくしつつこそかれにしか 49 甲斐にをかしき山の名は 白根波崎塩の山 室伏柏尾山 篠の茂れるねはま山 50 夜昼あけこし手枕は あけても久しくなりにけり 何とて夜昼睦れけん ながらへざりけるもの故に 編者略伝 略年譜 解説「平安時代末期の流行歌謡・今様」(植木朝子) 読書案内 【付録エッセイ】風 景(田吉 明)