■ 勘と忍耐とECCO
京都大学経済学研究科准教授 竹澤 祐丈 先生
電子データベースを利用することが当たり前の世代も台頭している現在、ECCOの新たな可能性をどこに見出すことができるのであろうか。
単一テクストのなかでの頻出語句を特定したり、その頻度に着目するテクスト・マイニング型の研究にもECCOの資するところ大である。しかしながら高頻度の単語が、必ずしも当該テクストを理解する重要語というわけではなく、私たちはそろそろキーワード検索の結果に一喜一憂することから卒業したほうがよいのであろう。
むしろECCOが可能としたことで注目に値するのは、第一に、特定の単語が時代によってその含意を変化させていく様相を多数の文献から読み取り、その変化の意味と原因とを分析するという、概念史的研究を飛躍的に容易にした点を指摘することができる。筆者はかつてEEBOとECCOを併用して、agrarianという語が、18世紀初頭までの「土地の」から、その後、agriculturalと互換的な、「農業の」という含意に変化する様相を容易に把握することができた。したがって17世紀の文献のagrarian lawは、しばしば農地法と訳されるが、むしろ土地法と訳されるべきことがわかる。この時間的な含意の変遷を踏まえると、田中敏弘氏によるヒュームの著作の邦訳の的確さを再認識することができる。
"agrarian" フルテキスト検索結果一例
An essay on the right of property in land ..., Ogilvie, William., London, [1781].
ECCOの第二の利点は、多大な影響力を持つカノン(重要文献)を、それを取り巻く様々な文献と併せて分析することを可能にした点であろう。すなわちカノンが論敵として念頭に置くパンフレットを特定し、それらと併せてカノンを分析することで、それが永遠普遍の命題と格闘する側面だけでなく、時間的・空間的に限定された個別の論点への対峙を意図していたこともわかる。こういった作業は、従来は研究者の勘だけを頼りに進められてきたが、この勘を補うものとしてECCOが位置づけられるのではないだろうか。
第三の利点は、研究者の忍耐だけを頼りに進められてきた同一テクストの各版対照も、異版を多く収録するECCOによって飛躍的に容易になったことであろう。例えば18世紀初頭のマンデヴィル『蜂の寓話』などの各版対照やそれに論争を挑んだ様々なテクストの分析から、当時の論争を再検討することもこれからの研究課題となってくるであろう。
第四の利点は、ECCOが豊かに収録している図版を通して、テクストが同時代人に向けた言外のメッセージを理解することができる。例えばトーランドが『ハリントン著作集』(ECCOの収録範囲では1737年以降の版)において、ハリントンによる1656年の『オシアナ共和国』では存在しない扉絵の付加によって、18世紀初頭の状況に適応した(政体論ではない)国家論として、約50年前の議論を「改変」して利用する意図を読み取ることができる。
トーランド(Toland, John)編『ハリントン著作集』1737年版 扉絵
The oceana and other works of James Harrington ..., Harrington, James. London, [1737].
以上のような研究の可能性を飛躍的に高めるECCOの導入は、多額の初期費用がネックであったが、最近ではコンソーシアム型の「共同購入」により、より少ない費用での購入が可能になったとも聞く。
勘と忍耐(と偶然?)だけを頼りとする従来の研究手法の弱点を補いつつ、テクストを質的に分析する良質な研究を進めるために、ECCOが助けてくれることは多い。